工場や倉庫の役割を、一言で表すとしたら何でしょうか。

安全に作ること。
効率よく保管すること。
正確に出荷すること。

もちろん、どれも重要です。

しかし、もう一段上から考えると、もっと大きな役割があります。

必要なモノを、必要なところへ届け続けること。

つまり、安定供給を止めないことです。

🔳「安定供給」が経営の問題になってきた

2026年10月1日のLOGISTICS TODAYの記事で、流通経済大学の矢野裕児教授は、

地政学リスクや感染症、燃料価格の乱高下などを背景に、物流を単なるコスト削減の

対象として捉える発想は通用しなくなってきたと指摘しています。

そして、不測の事態でもモノが届き続ける「安定供給の維持」こそが

最上位の経営指標になると述べています。

これは物流ネットワーク全体だけの話ではないと思います。

安定供給を実際に支えているのは、一つひとつの工場や倉庫、そしてそこで働く人たちです。

では、不測の事態が発生したとき、その現場は本当に動き続けられるでしょうか。

🔳現場を止める原因は、事故や設備故障だけではなくなった

工場や倉庫では急速にデジタル化・自動化が進んでいます。

在庫管理システム、バース予約システム、自動点呼、自動倉庫、AGV、クラウドサービス……。

これらは、人手不足を補い、生産性を高めるために欠かせないものになっていくでしょう。

しかし、便利になる一方で、これまで経験したことのない「止まり方」も増えていきます。

サイバー攻撃でシステムが使えない。

通信障害で情報が届かない。

自動搬送設備が止まる。

停電する。

AGVの充電設備で異常が発生する。

重要なのは、ここからです。

システムが止まったからといって、仕事そのものが消えるわけではありません。

誰かが、その仕事を補わなければならなくなります。

🔳システムが止まるほど、人が動き始める

普段はシステムや自動設備が担っていた仕事を、人が補うことになります。

すると、

普段行かない場所へ確認に行く。

管理者や担当者を探す。

荷物を別の場所へ一時的に移す。

通常とは違う動線を使う。

人とフォークリフトの往来が増える。

仮置きや臨時の待機場所が必要になる。

つまり、機械やシステムが止まるほど、逆に人が動く範囲が広がる可能性があります。

ここは、BCPを考えるうえで見落とされやすい部分ではないでしょうか。

🔳しかも、そのとき人は平常心ではない

さらに考えなければならないのが、人の心理です。

「早く復旧させなければ」

「出荷時間に間に合わない」

「荷主に迷惑をかけられない」

「どこまで影響が広がるのか」

電話が鳴る。

管理者には問い合わせが集中する。

普段と違う場所に人が集まる。

フォークリフトも通常とは違う動きをする。

人の動きが増える一方で、人の心理的な余裕は減っていく。

不測の事態とは、そういう時間でもあります。

だからこそ、平常時なら問題にならなかった小さな「迷い」が、大きなリスクに変わる可能性があります。

🔳システム障害を、重大事故に変えてはいけない

最初は、単なるシステム障害だった。

しかし復旧作業中に、

人とフォークリフトが接触する。

慌てて移動した作業者が転倒する。

仮置きした荷物によって死角ができる。

通常とは違う動線で人と車両が交錯する。

もし、そこで重大な労働災害が起きればどうでしょう。

「システムが止まった」という問題が、「人が止まり、現場そのものが止まる」という問題に変わります。

安定供給を守るために急いだ結果、事故によってさらに長期間、現場を止めてしまう。

これは最も避けなければならない事態です。

🔳会社にBCPがある。では「現場」はどうか

多くの企業がBCPを整備しています。

非常用電源。

データのバックアップ。

代替拠点。

緊急連絡網。

どれも重要です。

しかし、現場でシステムが止まったとき、

どこを歩くのか。

どこで止まるのか。

どこで待つのか。

荷物をどこに置くのか。

どこには絶対に置いてはいけないのか。

これが、その場にいる人に分からなかったらどうでしょう。

確認が始まります。

人を探します。

指示を待ちます。

そして復旧までの時間が長くなります。

だから、会社にBCPがあることと、現場がBCPになっていることは、同じではない。

と考える必要があります。

🔳有事ほど「見ればわかる」が必要になる

平常時なら、分からないことがあればベテランに聞けます。

管理者に確認することもできます。

しかし有事には、そのベテランや管理者自身が別の対応に追われているかもしれません。

だから、

STOP

待機

歩行帯

置場

進入禁止

充電エリア

といった基本的な行動ルールが、その場所を見れば分かる。

これが重要になります。

床に残された表示は電源を必要としません。

サーバーにも接続しません。

通信障害が起きても消えません。

普段は安全や作業効率を支える表示が、有事には人の判断を支えるアナログ情報になります。

🔳デジタルが止まったら、アナログに戻せばよい、、、ではない

ここは誤解したくないところです。

デジタルが止まったから、昔の手作業に戻せばよい、という単純な話ではありません。

むしろ逆です。

デジタル化・自動化が進むほど、人は普段、その仕事をしなくなります。

経験する機会が減ります。

だから有事になって突然、人に仕事を戻しても、すぐには動けない可能性があります。

そこで必要になるのが、

人の記憶だけに頼らなくても動ける現場です。

これが、この連載で考えてきた「アナログ設計」です。

平時の改善が、有事の強さになる

特別な非常時用の表示を大量に用意する、という話でもありません。

普段から、

「ここで止まる」

「ここで待つ」

「ここには置かない」

「ここを歩く」

「ここから先には入らない」

が見て分かる現場をつくっておく。

それによって平時には、

迷う時間が減る。

教育時間が減る。

注意や指導が減る。

事故の可能性を下げる。

そして有事には、

人が自分で判断して動きやすくなる。

つまり、平時の安全対策と、有事の事業継続は別々のものではない。 のです。

🔳「安全表示」の価格だけを比べていないか

これまで床表示を検討するとき、

ラインテープならいくら。

塗装ならいくら。

看板ならいくら。

という比較がされてきました。

もちろん費用比較は必要です。

しかし、「安定供給」という視点から見ると、それだけでは十分ではありません。

システム停止時に人が迷う時間。

確認する時間。

管理者を探す時間。

復旧が遅れる時間。

新人を繰り返し教育する時間。

そして、事故によって現場そのものが止まる可能性。

そこまで含めて考えたとき、現場に残る表示の価値は変わります。

表示物を買うのではなく、人が判断できる状態をつくる。

この視点が必要になってきます。

🔳「安定供給」を現場まで下ろして考える

LOGISTICS TODAYの記事では、安定供給を維持するために、BCPの観点から物流ネットワークに冗長性や多重性を持たせる必要性も指摘されています。また、精神論ではなく、課題の深刻さや改善策の投資対効果を定量的に示すことの重要性にも触れています。

ネットワークに「もう一つの手段」を持たせる。

システムにバックアップを持たせる。

それと同じように、現場にも、

デジタル以外の判断手段を残しておく。

システムを見なくても分かる。

管理者に聞かなくても分かる。

ベテランの記憶だけに頼らなくても分かる。

これも、現場における一つの「冗長性」ではないでしょうか。

🔳止まらない現場とは

「止まらない現場」とは、事故も故障もシステム障害も絶対に起こらない現場ではありません。

それは現実的ではありません。

大切なのは、

何かが止まったときにも、人が動けること。
人が動けるから、事故を増やさず、復旧を早められること。

そして、その準備を平時からしておくことです。

デジタル化・自動化が進むこれからの工場や倉庫だからこそ、

デジタルと同時に、アナログの現場設計も進める。

安全のためだけではありません。

その先にある、

「安定供給を止めない」ために。

次回予告

第12回|安全ルールは、会社の中だけで完結していいのか

― 荷主・運送会社・倉庫・荷受けをつなぐ「わかる化」 ―

一つの荷物が届くまでには、荷主、物流会社、倉庫、ドライバー、荷受け側など、多くの人と企業が関わります。

それぞれの現場でルールが違うなか、初めて来た人でも「ここではどう動けばいいか」が分かる現場をつくれないか。

次回は「わかる化」を一つの拠点から、サプライチェーン全体へ広げて考えます。

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